チノ・モンテロ/アロハステーション

2011年5月に六本木アロハステーションに来店したチノ・モンテロが11月11日(金曜日)19:00~に又ライブをするそうです。元パロロのギタリストとして、今はエイミーのリードギタリストとして活躍しているチノはラテン系の明るく楽しいステージを見せてくれます。アフリリを歌ってくれると嬉しいですけどね。皆様もいらっしゃいませんか?楽しみです。

2011,クリスマスコンサート

今年も年の瀬が近づいてまいりました。11月になると日没の時間も早くなりますし、知らず知らずのうちに慌ただしくなっていきますね。スタジオOHANAでは今年も昨年に続いてクリスマスコンサートを銀座の十字屋ホールで行うことになりました。今年はちょうどクリスマスイヴの土曜日となります。開場15:00/開演15:30、チケットは6000円となります。フラは芥川美佳先生と可愛い子供達のケイキフラが出演します。詳しい内容は又後日ご報告します。お楽しみに。

日曜 フラ  3:30~5:00 2011,9月~

産休から戻られた佐藤美由紀先生の最初の曲は ケ・アロハ です。美しいラブソングで有名ですね。まずはしっかり振りを覚えて、次は優雅に女らしく・・・ですね。(^^♪

日曜フラ教室

5月より、武田美由紀先生の産休期間にきて下さった、カフラオ・ハワイの阿部実花先生です。とっても綺麗な小麦色の肌で美しいフラを踊ってくださいました。曲は「カプナホウ」を教えていただきました。偉大な神カーネがプナホウの地で水を湧き出させたという、ハワイの神話です。私にはこの振付は少し複雑で難しかったのですが、実花先生が踊られると別物のように素敵なフラで、一度カフラオの舞台で拝見したいと思います。 お世話になりまして Mahalo   (=^0^=)ありがとうございました。9月からは武田美由紀先生が復帰なさいます。

阿部実花先生

9月の日程は11日、13時15分~      25日、13時~  です。よろしくお願い致します。

スラッキーギター奏者PEKELOさんが亡くなりました。

ハワイ、マウイ島のスラッキーギター奏者として有名なPekelo さんが亡くなりました。8月24日(水)午前6時、マカワオの自宅で心不全で亡くなったそうです。51才。まだ若く、才能溢れたミュージシャンだったのにショックです。悲しいです。                                        詳細については木曜日付けのマウイ島ニュースを参照してください。

8月25日、六本木アロハステーションでカントリーのライブがありましたので見に行きましたら、佐藤真砂美さんから「ペケロが亡くなったって聞いたんだけど本当かしら?」と聞かれました。「もう一人ペケロという名前のクムフラがいるんだけど、どちらかしら?」と心配そうでしたが、まったくの寝耳に水で、「そんな、まさか、嘘でしょ??」・・・・ というのも、3ヶ月程前に我々は真砂美さんに連れていってもらってマウイ島、マカワオにあるペケロさんの家へ行き、手作りの食事をご馳走になったり、スラッキーギターの生演奏を聞かせてもらったり、一緒に歌ったりして至福のひとときを過ごさせて貰ったばかりでした。  彼の家は山の上にあり、近くには馬が放牧された牧場があり、家の前に広がる野原と美しい空と雲の大いなる自然に圧倒される思いがしたものです。  夕陽がだんだん消えていく中で虫の音を聴きながら、手作りの夕食(我々も手伝いましたが、慣れない調理器具でおこげを作ってしまい、大騒ぎになったのも今となっては懐かしいです。)を頂きながらギターを聞いて、歌を聞いて、楽しいおしゃべりをして、という最高に贅沢な時間を過ごしました。  こんなに雄大な自然と密着した生活をしているからあの素晴らしい音楽も生まれてくるんだわ、と納得し、こういう所で暮らしていればきっと長生きできるでしょう、と思っていただけに亡くなったという知らせは本当にショックです。思い出が新しすぎて辛いです。   心よりご冥福をお祈りします。

大賀典雄 ソニー元社長が死去 

元ソニー社長の大賀典雄(おおが・のりお)氏が23日午前9時14分、多臓器不全のため東京都内の病院で死去されました。享年81歳。心よりご冥福をお祈り致します。
 大賀氏は、東京芸術大学卒業後、ソリスト(独唱者)など音楽家として活躍。昭和34年、29歳でソニー創業者の井深大、盛田昭夫両氏から誘われ、ソニーへ入社。「SONY」のロゴマーク策定を手掛けるなどブランドの認知で先頭に立ち、ソニーを国際企業として飛躍させることに貢献しました。 39年に取締役、57年に社長に就任。映画会社の米コロンビア・ピクチャーズを買収し、音響・映像機器のハードと、音楽や映像などのソフトを両輪とした事業を推進した。財界では経済団体連合会副会長に就任、電機業界団体トップも務めるなど業界発展にも力を入れた。平成15年にソニー取締役を退任したが、カラヤンら音楽家との交流を続け、後年は指揮者として世界の著名楽団と競演するなど精力的に活動。病気療養で滞在した長野県軽井沢町に音楽ホールがなかったことから退職金を寄付し、「軽井沢大賀ホール」が建築された。(長野県北佐久郡軽井沢町

2005年4月29日に開館した軽井沢大賀ホールは、ソニー名誉会長である大賀典雄から寄贈された16億円の資金等によって建設されました。 ホール内のどの席へも音が均一に届くように建物の形状を五角形として設計され、様々な音楽コンサートに利用されています。ホールの2階席は横木に腰掛ける立ち見席のみだったが、利用者の要望により椅子を取り付けられ、2階席は140席から124席になった。しかし立見席はホールを町に寄贈した元ソニー会長の大賀氏の「若者が良質の音楽に安い価格で触れることができるように」との意向で設けられたこともあり、一部はそのまま残されている。

スタジオOHANAの夏のコンサートはいつも大賀ホールで催しています。初めて行った時は大賀典雄氏の思い入れのあるこんな立派なホールでコンサートを開けるなんてと感激したものでした。今年も8月6日(土)14時からハワイアンコンサートを開催いたします。我々も一年一年より良い音楽を皆様に提供できますよう、頑張っていきたいと思います。

桜 ー 被災地の皆様へ

市ヶ谷駅から九段下へ向かう靖国通りは道の両側に桜の木が並び、今まさに満開で、それはそれは美しく咲き誇っています。桜前線は関東から徐々に北上し、被災地へもまもなく春の知らせが届くことでしょう。春の花々が被災された方々の気持ちを少しでも和らげてくれると良いのですが。

今回の地震、津波、原発で被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。言葉ではとても言い表せない程の災害にあわれ、今まだ復興が始まったばかりで、ご不自由をなさっていらっしゃる事と思います。

でも今回の災害は今迄と違い、世界中が一丸となって応援してくれているという印象をより一層強く感じます。日本人として本当にありがたく、嬉しく心強く感じます。

わたしも募金はもちろんですが、自分の身の回りでできることから、ボランティアへの参加をしたいと願っています。

被災地の皆様、まだまだご苦労が続くとは思いますが、お体に充分お気をつけてお過ごし下さいませ。

                            スタジオOHANA

市ヶ谷の今昔

 今回は私の生まれた町でもあり、「スタジオOHANA」のある市ヶ谷・番町地区周辺や小さい頃の思い出などを書いてみます。

市ヶ谷駅周辺は皇居、新宿や丸の内、銀座にも近く、東京のほぼ中心の位置にありながら、長い間閑静な?(何もない?)住宅地でした。学校はたくさんありましたけど。

交通機関としてはJR各駅停車(旧省線→国鉄)と靖国通りに都電が通っているだけでしたし、買い物は二七通りに小さな商店街と靖国通りや日テレ通りにポツンポツンとお店があるだけだったような気がします。二七通りは五番町から三番町にかけての通りですが、二七不動尊を中心にいくつかの商店がまとまり、二と七のつく日にはそこで縁日が開かれました。金魚すくいや風船つりなど、子供心にもそれはとても楽しみだった記憶があります。

この辺りには大きいスーパーもないし、各停の駅ですから「緑の窓口」もなかったし、高層ビルといえば郵政省の官舎ぐらいで(今の半分以下の高さ)出入り自由な広い土地が(今思うと焼け野原でしょうか?)たくさんあり、友人に言わせると「都会の真ん中にある田舎」のようなもので、五番町の交差点にローソンができた時には「深夜まで営業するお店ができた!」と驚いたものでした。

でもその昔は靖国神社の近くには料亭がたくさんあって、三味線の音が聞こえていたし、人力車や馬も通っていました。ちょっと粋な雰囲気のところもあったんですよね。紙芝居のおじさんも来てましたっけ。

ここは夜になると夜間人口がほとんど無くなるため人通りはパッタリと途絶えました。特に帯坂は((番町皿屋敷の))怪談話にぴったりの真っ暗な場所でぽつ~んとともった街燈がますます恐ろしく、子供はとても外に出られるような雰囲気ではありませんでした。

けれど10数年前位からでしょうか?高層マンションが目立って増え、夜も遅くまで人通りが絶えないようになりました。今は地下鉄が3本も通り、本当に便利になりましたね。

近くには日本TV(今は汐留)もありました。1953年に開局ですので、物心ついたころからTV搭を見ていたんですよね。

小さい頃はポリドール合唱団の発表会で、姉たちと日本TVに出演したことを憶えています。裏には広い庭園がありました。(私たちにとっては日テレのテレビ塔が「3丁目の夕日」だったんです。)

私の1番上の姉は若い頃からハワイアン歌手を目指していて、四谷にある日米会話学院で英語を勉強したり、声楽を習ったりしていて、「ミエ岡村」という名前で「寺部震とココナッツアイランダース」に参加し、歌を歌っていました。家の庭でルアウ・パーティーを開き、ハワイ風の料理をみんなで工夫し作って食べたり、ハワイで買ってきたトーチに火をつけて、ホラ貝を吹いたり、いろいろと演出を考えて楽しんだのも懐かしい思い出です。((寺部さんのお嬢さんの恵子さんはその当時目のくりくりとした可愛いお嬢さんでしたが、今は鎌倉で有名なクムフラになっていらっしゃるそうです。))

市ヶ谷駅周辺はにぎやかに様変わりし、駅にはエスカレーターもでき、エレベーターも設置されるようで、OHANAに通う方達も便利になりますね。

市ヶ谷の名物の一つである桜も忘れてはいけません。四谷から飯田橋の土手をいろどる桜と、靖国通り、千鳥ヶ淵の桜はますます美しく成長しています。

まだまだ寒い日が続きますが、今年の桜はどうでしょうか?楽しみです。

   http://www.studio-ohana.com/